どうしたら自信を持てるの? どうしたら自分のことを認められるの?

周りのすごい人を見て、尊敬すると同時に凹む心理

フリーランスとしてサイト作成やアフィリエイト、ライティングなどの仕事で収入を得ている私。かれこれ13年この仕事を続けているので、同じようにフリー、あるいは会社経営者としてネットのお仕事をされている友人や知り合いが周りにたくさんいます。

同じ会社に勤める給与所得者であれば相手のだいたいの年収を推測することもできるのでしょうが、フリーランスの世界は本当にピンキリで、配偶者の扶養の範囲内で働いている方もいれば、びっくりするぐらい稼いでいる人もいます。

たくさん稼いでいること“だけ”で人を「すごい」と評するのは、稼いでいない“だけ”で人を低く見るのとたいして変わらない行為で、稼ぎよりも(あるいはPVよりも)その人の理念、つくるものに対する想い、生き方、行動でその人を見るべき・・・

わかっているんです。まったくその通り!だと思います。

けれど、時として、自分がもがいているとき、がんばっているつもりなのに成果がでないと感じているとき、すごい人がすごいことを実践しているのを見ると、「あぁ、自分はあの人たちとは違う。自分にはとてもあんなことはできない。」と落ち込むことがあります。

稼いでいる人を見て、あまり稼げていない自分を情けなく思う。センスの良いサイトを作り上げられる人を見て、「どうして自分にはデザインセンスがないんだろう。」と思う。圧倒的に上手な文章、圧倒的に上手な写真を見て、「とても真似できない。」と思う。

妬むというのとは少し違います。彼らのことは尊敬していて、憧れもしています。そして、彼らの出している結果が欲しいわけではないんです。ただ、自分のずっと前を歩いている彼らの背中を見て、自分と彼らの隔たりを目の当たりにすると、焦りと情けなさの入り混じったような気持ちになってしまうのです。

一言で言えば、「凹む」。何時間もかけて作ったコンテンツがどうしようもなく無価値なものに思えたり、自分のしていることがとんでもない回り道に思えたり・・・。「あぁ、私ってダメダメだ!」と思わず声に出したくなるのです、情けない話。

 

自己否定・卑下はマイナスの自己暗示

謙虚であることと、自己否定・卑下はぜんぜん違います。日本人は謙遜を美徳と考える人が多く、誰かに(外見・内面・行動・考え方を)褒められると、「いやいや、そんなことないですよ。」「私なんて全然だめです。」と返答する人も多いですよね。私は個人的にこうした返答はあまり好ましくないと考えています。

その理由は二つあって、ひとつめは、「自分(の何か)を認めて褒めてくれた相手の目(観察眼)を否定することになって失礼だから。ふたつめは、自分で自分を否定する言葉を口に出すとそれが現実化しそうで怖いから。

いわゆる「言霊(ことだま)」で、口に出したことは本当にその通りになってしまう、という話。「私なんて全然だめです」と言えば、ほんとうに「全然ダメな私」になってしまう気がするのです。

これは何もスピリチュアルな話ではなくて、一種の自己暗示だと思います。以前、脳科学の本を読んだことがあり、詳細は忘れてしまったのですが、脳はその人が考えていることをその人が望んでいることだと理解し、無意識でそれを目指すようになってしまう・・・という説明が載っていました。

「○○○になったらどうしよう…」といつも思っていることは、「○○○になりたい」と念じ続けているのと(脳からしたら)同じこと、なのだそうです。つまり、「収入が減ったらどうしよう・・・」と不安にとらわれ続けることは、「収入が減ってほしい」と思い続けることとイコール。「もし失敗したら…」と始める前から最悪の結末を想像することは、無意識に最悪の結末を引き寄せているのとイコールなんですって。

私は脳科学のことはまったくわかりませんが、自分のことを「ダメで、無価値で、才能がない」とジャッジして、自己否定・卑下するのは、自分自身にマイナスの暗示をかけていることに他ならないと思うのです。

とすれば、話は簡単で、いまはまだそう思えないとしても、「私には才能がある。私にはできる。」と思い続ければ、思考が現実化するわけです。思うだけでなく、実際に言葉として口に出したり、文字として(自分以外だれも見ない)手帳やノートに書いてみると、効果は倍増。

それも、「○○になりたい」「○○をしたい」と(願望の形で)言ったり書いたりするよりも、「○○になる」「○○をする」と(決まったことのように)書くほうが効果的なのだそうですよ。

こんな話、うさんくさく感じますか? でも、誰に迷惑をかけるでもなし、ひとり言をいったり、手帳にちょっと書き込むだけで、プラスの自己暗示をかけることができるなら、やってみる価値はあると思いませんか?

人は、イメージできないものを現実化することはできないのです。

そして、言葉を扱う人間は、言葉から想像以上の影響を受けるのです。

 

自分を認めてくれる人たちからの言葉が前に進むパワーになる

どうしたら自信を持つことができるのか。どうしたら自分のことをダメダメだと思わず、自分の価値を認めることができるのか。

その答え(方法)は一つではないかもしれませんが、私の場合は、今までにまわりの人から褒めてもらったこと・認めてもらったことを手帳に記録することで、凹みの沼にずぶずぶと沈みこむことなく、生きることができています。

それらのメッセージはごく個人的なものなのでお見せすることはできませんが、「あなたはダメなんかじゃない。きっとできる」「あなたのこういうところが大好き」と言って見守ってくれる人の存在は、ほんとうにありがたいものです。彼ら・彼女らの言葉が私を内側から温めてくれ、自信を失いそうなときに踏みとどまることができるよすがとなっています。

周りにいるすごいひとと自分を比べて落ち込みそうになるとき、彼らと自分との隔たりに目を向けるのではなく、彼らのいる世界に自分が近づいていることを自覚しましょう。自分の目の前に「すごい人」たちの背中が見えているということは、自分は正しい方向に向かって、前に進んでいるという証。

隔たりに目を向けて、凹み、立ち止まるのではなく、自分がいま歩いている道のはるか先を歩いている(ように見える)彼らも通ってきた道ではないでしょうか。諦めずに前に進み続ければ、いつかきっと彼らに見えている世界が自分の目の前に広がるはず。

「私はできない」ではなく、「私にはまだできない」「でもいつかきっとできるようになる」そう信じて、なりたい自分の姿をイメージし続けること。それを自信といってよいかわかりませんが、自分を認めて前に進むには、そういうものが必要な気がします。

最後にひとつ、あなたは前を向いて、先を歩いている人の背中を見続けているかもしれませんが、あなたの後ろにも、あなたの背中を見て歩いている人たちがいるんですよ。あなたが自分自身を完璧だと思わないように、あなたの前を歩いている人だって完璧ではないのです。たとえ、才能と自信にあふれ、なんでも楽々こなしているように見えたとしても。

もがいて、時には遠回りもして、それでも足を止めずに歩き続けた人だけが、ある日ふと目の前に広がる景色に驚き、「ここまで来られたんだな」と思うことができるのではないでしょうか。

私に前に進むべきパワーをくれる大切な人たちへの感謝と尊敬を忘れず、願わくば、私自身も誰かの内側を温める言葉を贈れる人間でありたいものです。

私にたくさんの言葉のプレゼントをくれる大切な人たちに感謝をこめて。

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